東京地方裁判所 平成7年(ワ)20231号 判決 1997年9月08日
原告
西海知桂八
被告
齋木紀江
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇五万二〇二九円及び内金九五万二〇二九円に対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の求めた裁判
一 被告は、原告に対し、金二四二三万七〇九二円及び内金二二〇三万三七二〇円に対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 右一につき仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、交通事故により負傷した原告が、被告に対し、損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生
原告は、次の交通事故により右顔面挫創、右肩、背部、右肘、両足関節打撲、右肩腱板損傷の傷害を受けた。
(一) 日時 平成五年一二月四日 午後二時一〇分ころ
(二) 場所 東京都杉並区阿佐谷北二丁目一五番七号交差点(以下、「本件交差点」という。)
(三) 事故態様 原告が足踏式自転車(以下、単に「自転車」という。)に乗って本件交差点に進行したところ、交差道路右側から時速約二六キロメートルで進行してきた被告運転の原動機付自転車(以下、「原付」という。)に原告自転車の前部を衝突された。被告進行道路の制限速度は時速二〇キロメートルであり、原告進行道路には一時停止の標識があった。
2 責任原因
(一) 被告は、見通しの悪い交差点に進入するに際し、制限速度を遵守し、さらに徐行し前方左右の安全確認をしながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速約二六キロメートルで進行した過失により本件事故を生じさせたものであり、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。
(二) 被告は、加害車両である原付を所有し、自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。
3 損害のてん補
原告は、自賠責保険から合計金一〇〇万八五八〇円の支払いを受けた。
二 争点
1 損害額
(一) 原告の主張
原告は、本件事故により、前記争いのない事実記載のとおりの傷害を負い、平成五年一二月四日から平成七年五月六日まで通院加療を余儀なくされ、これによって次のとおりの損害を被った。
1 治療費 金一三万四九八〇円
2 文書料 金八〇〇円
3 休業損害 金八五〇万円
原告は、本件事故前は株式会社エヌ・ケイ企画に勤務し、不動産業の営業などの仕事に従事して、毎月五〇万円を得ていたが、本件事故による傷害のため稼働できなくなり、平成五年一二月二五日に解雇されてしまい、後記後遺障害固定とされた平成七年五月六日まで約一七か月の間、全く働けず、これにより金八五〇万円(五〇万円×一七か月)の損害を受けた。
4 逸失利益 金一〇五八万六五二〇円
原告は、右肩運動制限、右手骨萎縮による握力低下の後遺障害を負った。また、顔面の傷が残り、これについては、自動車保険料率算定会において一四級に認定された。そのため仕事を解雇され、少なくとも労働能力の一〇パーセント以上を喪失したことは明らかである。
原告は、昭和二一年四月一八日生まれで、後遺障害固定時である平成七年五月六日時点で四九歳であり、就労可能年数一八年、新ホフマン係数は一二・六〇三である。
原告は、コックの経験と技術をもっており、以前から知人の雀荘で夜間アルバイトをしていたこともあり、日中の勤務に慣れたら夜間も働くつもりであった。これによる収入としては月二〇万以上、年収二四〇万円以上を得ることができたはずであった。そこでこれを、日中の勤務による年収六〇〇万円(月収五〇万円×一二か月)に加えると、逸失利益は、次のとおりとなる。
八四〇万円×一二・六〇三×〇・一=一〇五八万六五二〇円
5 傷害慰謝料 金一一二万円
本件事故による受傷、それによる通院自宅療養とその間の生活の支障に対する慰謝料は、右金額を下らない。
6 後遺障害慰謝料 金二七〇万円
7 弁護士費用 金二二〇万三三七二円
8 総損害額 金二五二四万五六七二円
9 請求額 金二四二三万七〇九二円
総損害額から前記争いのない損害てん補額を差し引いた。
10 遅延損害金
弁護士費用を除く損害額に対する本件事故の日から民法所定年五分の割合による遅延損害金
(二) 被告の認否及び反論
1 原告の主張前文の事実は争う。
本件事故によって負った原告の傷害の治療期間は、平成五年一二月四日から同月一四日まで(実日数六日間)である。
2 同1及び2は認める。
3 同3ないし9のうち、原告の後遺障害が一四級一一号に認定されたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
右手指の後遺障害については、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。
2 過失相殺
(一) 被告の主張
本件事故は、原告運転の自転車と被告運転の原付との交差点における出合頭の衝突事故であるところ、被告には左右の見通しが悪いのに減速、徐行せずに制限時速を毎時五、六キロメートル超過した速度のまま直進しようとした過失があるのに対し、原告には一時停止義務を怠って進入しようとした過失があり、双方の過失の程度を比較すると、少なくとも原告に六〇パーセントの過失が存する。
(二) 原告の認否及び反論
争う。
原告は、ミラー及び目視で左右の安全確認をしながら徐々に交差点内に入ろうと自転車の前部だけがわずかに交差点内に入った瞬間に道路左端を進行してきた被告運転の原付に前部を衝突された。
第三争点に対する判断
一 原告の損害額(弁護士費用を除く。)
1 治療費 金一三万四九八〇円
右は当事者間に争いがない。
2 文書料 金八〇〇円
右は当事者間に争いがない。
3 休業損害 金七三万一九〇一円
(一) 原告の収入
原告は、平成五年一〇月から株式会社エヌ・ケイ企画に勤務し、不動産の仲介等の仕事をして毎月五〇万円の給料をもらっていた旨供述し、さらに甲二及び二一を証拠として提出している。しかし、右の所得については公的な証明書などの客観的な裏付けを欠き、右の各証拠だけでは、そのような所得を得ていたと認めるに足りない。しかも、本人尋問における原告の供述によれば、それまで不動産関係の仕事の経験がなく、新たな営業所ができるまでの間、暫定的に勤務していたというのであるから、仮にそのような給与が払われていたとしても、平成五年一二月以降も安定的に同程度の金額を得ることができたということはできない。
また、原告は、夜間、麻雀店等の仕事をすることで、毎月二〇万円の収入を得ることができたとも主張するが、本人尋問における原告の供述によれば、原告は内縁の妻の経営する麻雀店を手伝っていたが、内縁の妻からは給料をもらっていなかったというのであり、労働の対価として右金額を得ていたとはいうことはできない。
ところで、証拠(甲一七ないし一九、二四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和二一年四月一八日生まれで、高校中退後、コックの修行をした後、渡米し、ラスベガスのホテルのレストラン等でコックとして働いていた経験があることが認められるから、本件事故による休業損害の基礎とすべき収入として、少なくとも賃金センサス平成五年第一巻第一表産業計小学・新中卒四五ないし四九歳の男子労働者の平均年収額五五六万五五〇〇円の八割に相当する四四五万二四〇〇円を得ることができたものと認めるのが相当である。
(二) 休業日数
(1) 証拠(甲三ないし七、二五の1ないし3、乙二の1ないし3、三ないし五、原告本人)によれば、本件事故後の治療経過について次の事実が認められる。
ア 原告は、本件事故のあった平成五年一二月四日、河北総合病院で受診し、レントゲンで骨折は認められなかったが、右顔面挫創、右肩、背部、右肘、両足関節打撲、右肩腱板損傷と診断され、顔面創縫合等の処置を受けた。原告は、その後同月一四日までの間に六回通院し、その間、右肩痛、右肩関節可動域制限を訴え、右肩三角巾固定の指導を受けた。
イ 原告は、その後通院を自己判断で中止していたが、平成六年一二月一五日に再び河北総合病院で受診し、右肩関節可動域は制限されていなかったが、右肩痛、右手指運動痛を訴え、レントゲンで右手指骨の萎縮が認められ、右手指拘縮が診断名として追加された。
ウ 原告は右同日を含めて平成六年五月六日まで五回通院し、同日症状固定と診断され、最終的には、右目上に長さ約三センチの創痕、右肩可動域制限、右手指の腫脹、関節部圧痛、屈曲制限、右手指骨萎縮、握力右一五キログラム、左三五キログラム等と診断された(なお、右手指の症状については後述のとおり本件事故との因果関係は認められない。)。
(2) また、右各証拠によれば、少なくとも平成五年一二月四日から同月一四日までの間は、安静を要する旨診断されていたことが認められるが、その後の期間については、原告が通院を約一年もの間中止しているため、その間の身体状況を正確に特定することは困難である。しかし、右各証拠によれば、通院中止前に治癒の診断がされていたわけではないから、その後も右肩痛等の症状がある程度の期間継続していたものと窺われ、平成六年五月六日までに、ある程度の就労制限があったことは推認できないではない。そこで、以上の事実を総合して、原告は、本件事故から平成六年五月六日までの期間、通算して六〇日相当の休業を要したものと認めることができる。
(3) したがって、原告には、本件事故により、七三万一九〇一円の休業損害が生じたものと認められる。
計算式 4,452,400/365*60=731,901
4 逸失利益 認められない。
(一) 右3(二)(1)で認定したとおり、原告には、本件事故により右目上に長さ約三センチの創痕が残ったものであり、これについて、自動車保険料率算定会において自賠法施行令二条別表の後遺障害等級一四級一一号に認定されたことは当事者間に争いがなく、当裁判所も同等級に該当するものと認める。
しかし、右後遺障害の程度は大きいものではなく、右3(一)記載の原告の仕事の内容に照らし、原告の収入減をもたらすほどの影響を及ぼすとは認めがたい。
(二) 次に、右3(二)(1)で認定したとおり、原告は、症状固定の診断時において右肩痛を訴え、右肩可動域制限と診断されている。しかし、甲三及び乙五によれば、右肩可動域制限の程度は重いとはいえず、これが自賠法施行令二条別表の後遺障害等級に該当するものと認められない。また、原告が治療を中止していた約一年間の経過が明らかでないことから、右のとおり残存したとする右肩の症状と本件事故との因果関係自体も必ずしも明白とはいえない。したがって、これによって原告の収入減をもたらすほどの影響を及ぼすとは認めがたい。
(三) さらに、原告は本件事故により右手骨萎縮による握力低下の後遺障害が残った旨主張する。たしかに、右3(二)(1)で認定したとおり、原告は、約一年間の通院中止の後、再び受診した際、右手指運動痛を訴え、レントゲンで右手指骨の萎縮が認められ、最終的に、右手指の腫脹、関節部圧痛、屈曲制限、右手指骨萎縮、握力右一五キログラム、左三五キログラム等と診断されたものである。しかし、右3(二)(1)に掲げた各証拠によれば、本件事故直後の診察において、右手指の受傷は診断されておらず、平成五年一二月四日から同月一二日までの間の通院時においても、右手指の症状は発現しておらず、同月一三日に初めて原告が右中指の圧痛、屈曲制限を訴えているが、特段の治療がされず、すぐに通院を中止したことが認められる。したがって、本件事故と右手指の症状との因果関係は、その可能性は否定できないものの、これを肯定するには証拠が十分でないというほかない。また、乙三によれば、肩の症状から二次的に手指の症状が起こる可能性が示唆されているが、確定的に因果関係を認定するには至らない。
(四) 以上のとおり、本件事故により外貌醜状等の後遺障害が認められるものの、原告の収入減をもたらすほどの影響を及ぼすとは認めがたく、右手指の症状は、本件事故によって生じた可能性は否定できないが、因果関係を肯定するまでに至らない。したがって、後遺障害による逸失利益を認めることはできない。しかし、これらの点は、後遺障害の慰謝料を算定するときに加算事由として考慮することとする。
5 傷害慰謝料 金四〇万円
右3(二)(1)で認定した本件事故による傷害の部位・程度、治療経過、通院期間、通院実日数等を考慮すると傷害慰謝料としては四〇万円を相当と認める。
6 後遺障害慰謝料 金二〇〇万円
原告の顔面の創痕が自賠法施行令二条別表の後遺障害等級一四級一一号の後遺障害に当たることは、右4で述べたとおりである。そして、右4に認定した外貌醜状、右肩可動域制限の後遺障害は、原告の収入減をもたらすほどの影響を及ぼすとは認めがたいものの、コック等の仕事をするに当たって多少の支障をきたす可能性までは否定できず、また、右手指の症状も因果関係を認めるまでには至らないものの、本件事故によって生じた可能性も否定できない。そこで、こうした事情を総合考慮して、後遺障害の慰謝料としては、二〇〇万円を相当と認める。
二 過失相殺
1 本件事故の態様
本件事故が、被告運転の原付と原告運転の自転車との交差点における出会頭の衝突事故であること、被告進行道路の制限速度は時速二〇キロメートルであり、原告進行道路には一時停止の標識があったこと、被告には、見通しの悪い交差点に進入するに際し、制限速度を遵守し、さらに徐行し前方左右の安全確認をしながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速約二六キロメートルで進行した過失があったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
さらに、証拠(乙一の1、2、原告本人)によれば、本件事故の態様等につき、次の事実が認められる。
(一) 本件交差点は、幅員約三メートル・制限速度時速四〇キロメートルの原告進行道路と、幅員約四・八メートルで、一方通行の規制がされている被告進行道路とが交わる、信号機により交通整理が行われていない交差点で、いずれの進行道路からも左右の見通しは良くない。
(二) 原告進行道路の路面は工事中で、一時停止線の道路標示は当時標示されていなかった。
(三) 原告運転の自転車は、一時停止をしないで、本件交差点に進入し、約一・九メートル進入した時点で、右方から進行してきた被告運転の原付と衝突した。
2 右認定事実を基礎として過失相殺について判断すると、被告には、見通しの悪い交差点に進入するに際し、徐行し前方左右の安全確認をしながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と制限時速を約六キロメートル上回る速度で進行した過失があるのに対し、原告には、一時停止義務を怠って本件交差点に進行した過失があり、これらを比較し、右1の事故態様を総合考慮すると、過失相殺として原告の損害額の四割を減ずるのが相当と認められる。
三 損害額の計算
被告において賠償を要すべき原告の損害額は、前記一の合計額三二六万七六八一円から四割減額した一九六万六〇九円となる。ここから当事者間に争いのない損害てん補額金一〇〇万八五八〇円を差し引くと残額は九五万二〇二九円となる。
四 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一〇万円とするのが相当であると認められる。
五 結論
よって、原告の本訴請求は、損害賠償金合計一〇五万二〇二九円及び内金九五万二〇二九円に対する本件不法行為の日である平成五年一二月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
(裁判官 松谷佳樹)